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【日本電気株式会社】事業環境の変化に対応し、一元的な情報発信とクイック・レスポンスを実現する体制を確立

公開日:2005年3月24日 | 最終更新日:2013年5月30日

日本電気株式会社(以下NEC)は、1899年、日本初の外国資本(米国ウェスタン・エレクトリック社:現ルーセント・テクノロジーズ社)との合弁会社として設立された。交換機をはじめとする通信分野からスタートし、その後、コンピュータ、半導体を加えた3分野で数々の革新的な技術を開発して市場に投入してきた。

たとえば、1983年に発表されたスーパーコンピュータは、高速化のための技術革新を続け、1987年には、当時世界最高の計算能力をもつ「SX-2」が円周率πの計算において、それまでの世界記録を約1億桁も上回る1億3355万4千桁まで計算を行い、ギネスブックにも掲載されている。世界屈指のNECの技術力を象徴するニュースのひとつである。

21世紀を迎えて、ITバブルの崩壊や、アジア諸国の台頭などの事業環境の変化に対応して、経営革新を推進。2002年には半導体部門を分社化し、現在は、NEC本体は、コンピュータのハード・ソフトやサービスを含む「ITソリューション事業」と、ネットワーク機器や携帯電話などを含む「ネットワークソリューション事業」に集中し、両者を融合させた「IT・ネットワーク統合ソリューション」の提供を目指している。

NECのグローバルなコーポレート・スローガンは「Empowered by Innovation」。
「Innovation」を企業DNAとする設立100余年のNECは、IT・ネットワーク統合ソリューションで、新たなブランドを築こうとしている。コーポレート・コミュニケーション部長の荒井俊則氏にお話をうかがった。

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事業環境の変化に対応し、一元的な情報発信とクイック・レスポンスを実現する体制を確立

荒井氏がNECで広報を担当し始めたのは1983年。1982年に発売した16ビットパソコンPC-9800シリーズを中核とするパソコン事業の成長期であり、1985年にはスーパーコンピュータ「SX-2」が世界最高速の実測に成功、1995年には世界初の1GビットDRAMを開発するなど、技術革新を続けながら、急速に事業を拡大していた時期でもある。

「当時は人員も10名程度と人数も少なかったこともあり、かなり忙しかったですが、今もそうですが、広報としてもやりがいがありましたね。これまでにいろいろな経験をしましたが、事業に関する広報活動に加えて、リスク管理が重要だと思うようになりました。リスク管理マニュアルだけではなく、体験を通してのそれぞれのノウハウを共有することが重要だと思います。」(荒井さん)

現在のコーポレート・コミュニケーション部の組織になったのは2000年。メディア向け広報を担当する広報部に、社内向け広報と社外向けWeb広報を担当する部署が統合された。コーポレート・コミュニケーション部は総勢約40名。メディアリレーションを主に担当しいちばんの大所帯の「広報グループ」、コーポレートサイトや社内報を担当する「Webグループ」、NECのブランド管理を行う「CI・ブランドグループ」、製品デザイン戦略を担当する「コミュニケーションデザイングループ」の4グループと、欧米の海外3拠点に広報担当が常駐している。同社の場合、特に「コミュニケーションデザイン」がコーポレート・コミュニケーション部に含まれるのがユニークである。

「製品デザインもコミュニケーション戦略の一環と位置づけているからです。情報で会社を表す広報活動と同じように、製品デザインも会社のありざまを表すものです。実際の製品デザインは関連会社のNECデザインが行いますが、デザイナーと連携して全社共通のデザインスタンダード戦略・管理を担当しています。」(荒井さん)

メディア対応の広報グループは、さらに4つのグループに分かれ、R&D(研究開発)を含み現在11あるビジネスユニット(事業グループ)を分担してカバーしている。各ビジネスユニット内には広報担当者がアサインされており、彼らを窓口としてニュースや話題を収集し、広報グループから一元的に情報発信される。「1日1件以上の情報発信」が広報グループの日頃の注力点でもある。

「フェーズ合わせの必要性から、月1回、広報会議を開催します。メンバーは、社長、副社長とビジネスユニット長である役員で、広報グループが事務局を担当しています。広報戦略の重点ポイントや、当面の予定などを審議します。」(荒井さん)

「トップによる広報活動」も力を入れている広報活動のひとつに挙げられているが、社長はじめとするトップが、広報活動に対して理解があり積極的だということだ。

さらに、もうひとつ心がけているのは「クイック・レスポンス」。報道関係者向けの資料として拝見した「NECコーポレート・コミュニケーション部業務分担表」には、広報グループの担当者氏名、担当事業分野、携帯電話番号、主任以上は自宅電話番号が記載されており、必要に応じて昼夜、休日を問わず、クイック・レスポンスを目指す姿勢がうかがわれる。

「最初は、電話番号までは記載していなかったのですが、記者からのリクエストも多いので、こういう形でまとめて提供する方が効率的と考えたからです。緊急の場合は、夜や休みの日もかかってきますが、広報部門の宿命としてやむをえないでしょう (笑)」(荒井さん)
その他、報道関係者のニーズに迅速に応え、積極的に情報発信するための取り組みを以下に紹介する。

プレスリリース、画像ファイルのダウンロード、各種会社データ、PC機材貸し出し受付など、報道関係者が使いやすいクイックアクセスをまとめたページ「NECプレスルーム」。アクセス数は毎月30数万件。うち画像ファイルへのアクセスが30万件弱とかなりを占めている。貸し出し機材も効率的に受け付けることができる。

月1~2回程度、主にパーソナル領域の話題、イベントなどを中心に、メディア向けに「NEC PRニュース」としてメールマガジンを発行している。現在の配信先は約600件。バックナンバーはNECプレスルームで閲覧できる。

モノ付&デモ付をモットーに、難解な最新技術をわかりやすく

コンピュータ関連業界では、「ソリューション」という言葉が最近よく使われるが、誰に対して、どんなものを提供するのか、なかなか実体がつかみ難い。
「”IT・ネットワーク統合ソリューション”といっても、言葉だけでは内容がわかりづらいですし、最近は、”組み込み”技術や、”ビジネスグリッド”など、新しい技術も登場しています。そこで、世の中の動向とNECの戦略を理解してもらうために、『トレンドサロン』と称して報道関係者を対象に説明会を実施しています。ビッグニュースに限らず、内容が難解なものは、資料を配るだけでなく、トレンドサロンや会見を開いて、デモなどを交えてわかりやすく説明するようにしています。特にトレンドサロンは2004年くらいから回数を増やし、1~2ヶ月に1回程度は開催しています。」(荒井さん)

モノ付&デモ付で発表し、事業に関する理解を深めてもらうことは、日々の記事掲載促進にもつながる普段からの素地づくりである。

「生産革新活動により財務的にも効果が出てきていますが、どのように生産性と品質の向上を実現しているか、現場を実際に見てもらって理解を深めてもらうのが効果的ですから、工場見学なども積極的に実施しています。」(荒井さん)

また、展示会やイベントとの連動も効果的に行っている。NECグループやパートナーが参加して年1回定期開催する展示会「NEC C&Cユーザーフォーラム&iEXPO」もそのひとつである。

中国で販売している手書き入力型携帯電話 N930
iEXPO2004のテーマは、「ITとネットワークの融合がもたらすユビキタス社会」。”いつでも、どこでも、誰でも、どんなものからでも”情報ネットワークにアクセスできる「ユビキタス社会」の実現に向けた技術・製品は、NECの研究・開発の注力分野でもあり、iEXPO2004の開催に合わせて研究・開発成果のプレスリリースを行い、タイムリーに会場内で展示・デモンストレーションすることで、記者も含む来場者の注目を集めた。

IT・ネットワーク統合ソリューション、R&Dに加えて、NECがPRを強化しているのは携帯電話の分野である。全体売上の約30%を占める通信関連の中で、約1兆円が携帯関連の売上。その内、約7,000億円強が携帯電話端末とのことだが、今後、第3世代携帯の本格展開に伴い、特に、中国、東南アジアでの需要がますます高まると期待されている。

「携帯電話の中国展開はかなり力を入れていまして、2004年度には約20機種発売しました。現地でのキャンペーンも積極的に展開してきており、2003年度下期からは、従来のニューヨーク、ロンドン、シンガポールに加えて、北京の現地法人にも、現地採用の広報担当者をアサインしました。」(荒井氏)

中国での広報体制も整い、携帯電話を中心として、膨大な市場ポテンシャルを持つ中国でのNECブランド強化にも注力する。海外における成長戦略をバックアップする意味でも、広報活動が果たす役割は大きい。

荒井 俊則 氏プロフィール

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日本電気株式会社
コーポレート・コミュニケーション部長
1976年NEC入社。メインフレームの製造を担当するコンピュータ事業部で生産管理を担当。その後、事業部予算管理部門を経て、1983年7月から広報室勤務。以降、ハード、ソフト、サービスなど、主にコンピュータ関係の広報活動を担当。
2003年7月より現職。1954年山梨県生まれ。

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